デザインとアートの違いについて

『デザインとアートの違いって?』こんにちは、丸山です。

今回は、誰もが一度疑問に思うだろう「デザインとアートの違い」について取り上げてみたい。

このテーマで検索すれば、以下のような回答が出てくる。「説明が求められるのがデザイン、自由な解釈ができるのがアート 「WhyをBecauseで説明できなければならないのがデザイン」であり、「表現の意味を受け取り側の自由な解釈に委ねるのがアート」とも言える。」これで、その違いが鮮明に理解できるだろうか?

私が考えるそれらの違いは、「生と死」と同じくらい相反するものである。例えば、あなたの目の前に2脚の椅子があるとする。一方は、1度座れば、その心地よさに離れ難くなり、生きた心地を与えてくれる。ところが、もう一方は、ハリネズミのような形状で、不安定で座ることができない。もし座れば、体中にその針が刺さり、命が奪われる危険性のある椅子である。どちらも椅子ではあるが、前者がデザインで、後者をアートと定義した場合、デザインは人に安心や心地良さ、分かりやすさなど知識や技術を結集した集大成であり、万人に認められる必要がある。

ところがアートの場合、誰にも認められる必要がないにしても、100人中たった1人に「これが無いと生きていけない」と強く思わせることができれば、それはアートに転ずるのである。人が生きていく上で、デザインは絶対条件を満たしていなければならないが、アートは、それ自体無くても生きていける。しかし、もしアートが自分の身近にあるならば、それは心の支えや幸福の一部になり得る。極端な例であるが、だからこそデザインとアートは「生と死」くらい違うと私は考える。

ちなみに誰もが興味を示さず、認められないものは、単なるゴミである。デザインは、人々が生きるために進化し、私たちの身近な存在である一方、アートが間遠な存在となり、その解釈をややこしくさせたのは、美術の教科書にも掲載されているマルセル・デュシャンがきっかけではないだろうか。

デュシャンは、既製品である便器に「Fountain/泉・噴水(1917年)」とタイトルを付け、美術展に出展しようとした芸術家だ。当時この行為は物議を醸し、実際には展示拒否をされているが、このセンスは、後世の芸術家に多くの影響を与える結果となった。デュシャンは、それ以外にも既製品を寄せ集め、そこに概念を付加したレディ・メイドと称する作品制作などでも有名であるが、本来は油彩画家であった。デュシャンが自らの手で何かを作り出す作業をしなくなったのは、1912年の航空ショーで見たプロペラの曲線に魅了され、それ以上の「美」を絵画で表現できないと悲観したからと言われている。

さて、私がIT企業に中途採用されて数ヶ月経過した頃のある出来事を話そうと思う。今考えても何を主体にしているか謎の会社であるが、私はクライアントのECサイト運営を任されるポジションに就いていた。当時、自社で運営するファッション系ECサイト(私の管轄外)のバナーコンペを社内のWEBデザイナーや、その他参加希望者でやろうという話しが持ち上がった。コンペの内容は、参加者が各自1つバナーをデザインし、一定期間のCTR、CVRを測るという単純なもので、具体的な参加人数は覚えていないが、5名以上はいたと記憶している。

結果は、CTR・CVRとも1位を獲得したのは、私のデザインだった。入社数ヶ月の私に負けた古くからいるWEBデザイナーたちは、この結果に悔しい思いをしたに違いない。しかし、決して私のデザインが優れていた訳ではない。私以外のデザインには、「デザイン」の要件が満たされていなかっただけのことなので、この結果は当然だと私だけが理解していた。

これに対し「さすが、センスが良いね」と言う人もいたが、それは勘違いである。「デザイン=センス」と思い込んでいる人に多く出会うが、私自身、デザインは、知識と経験で成立する仕事であって、実際センスが問われるのは、アイデアなのではないだろうか?そのIT企業に在籍する自称デザイナーと違って、私はデザインとアートを混同しない。それに、センスを神の御業であるかのような勘違いもしない。

私がこう断言するのは、同企業で体験した別の出来事によるものだが、それはまた別の機会に紹介しようと思う。

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